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  ¡Felicidades papá!  
(18-3-2014 a las 23:58)


Padre, ya conoces la noticia: has sido bisabuelo por segunda vez. Judith ha cumplido una semana de vida el día de tu óbito del que hace once años. Se te ve guapo en la foto del 22 de abril de 1949, escalofría pronunciar esa fecha, antevíspera del 25 cumpleaños de mamá (los que tú tenías aunque eras de la quinta del 23 y por tanto ese año, en noviembre, cumpliste 26). ¿Verdad que es bonita? Seguro que algo tuyo lleva debajo del gorro. ¿Verdad qué es muy guapa? Qué no se te caiga la baba. Un beso, papá.

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  Día del padre  
(19-3-2013 a las 22:56)

Te moriste un día antes de hoy, hace diez años. Te moriste cuando te llegó la hora. En unos días te exhumarán, no pienses que te he olvidado, acepto que puedas reprocharme que lo poco que queda de ti sea incinerado con quienes coincidieron en la fatalidad contigo, con unos desconocidos. Así va a ser papá, los años de tus aniversarios siguientes me fumaré el cigarrillo, es mi forma de recordarte, no frente a tu lápida sino sentado en el escalón de la casa en que viví contigo y con mamá, en el número 638 del poblado dirigido de Caño Roto, me parece mucho más bonito. Hace un rato he hablado con ella, con mamá, que sabes que siempre ha sido buena. Son fechas dificiles para ella, su madre, su padre, tú. Te recuerda y te reza. Yo también. Juan no está para rezos pero está mejor que siempre. Tus nietos bien, por suerte. En el nombre, papá, de tu descendencia, un beso muy grande. Un beso, Eulogio, de tu hijo.











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  29-30 de diciembre  
(3-1-2013 a las 00:10)

Categoría: Tributo HERMANO LOBO

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  El primer y el último número  
(2-1-2013 a las 23:56)

213 semanas, unos cuatro años. Debajo la primera portada del enigmático Ops (Andrés Rábago García, actualmente “El Roto”) y la última de Chumy Chúmez (busquen en “google”, no se lo voy a dar todo hecho).




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  Las siete preguntas al lobo (por una nueva ruptura de verdad)   
(2-1-2013 a las 23:48)

Todas las semanas había siete preguntas al lobo para las que tenía una respuesta indefectible: “¿CUÁNDO…? EL AÑO QUE VIENE SI DIOS QUIERE”


HERMANO LOBO se despidió con éstas siete preguntas:

¿Para  cuándo la verdadera libertad sindical?
¿Para cuándo la verdadera libertad de reunión?
¿Para cuándo la verdadera libertad de asociación?
¿Para cuándo la verdadera libertad de expresión?
¿Para cuándo la amnistía?
¿Para cuándo los estatutos de autonomía?
¿Para cuándo la democracia?

Y el Lobo respondió: ¡HASTA LA RUPTURA, SI DIOS QUIERE!

Estas siete preguntas se pueden reformular así:

¿Para cuándo un gobierno de izquierdas de verdad?
¿Para cuándo un estado laico de verdad?
¿Para cuándo una justicia de verdad?
¿Para cuándo una hacienda en la que los ricos tributen de verdad?
¿Para cuándo seremos capaces de impedir que los logros en sanidad y educación no se vayan al garete, de verdad?
¿Para cuándo un estado federal de verdad?
¿Para cuándo una democracia regenerada de verdad?

Y el lobo responderá: ¡HASTA LA PRÓXIMA RUPTURA, SI DIOS NO LO IMPIDE!


Categoría: Tributo HERMANO LOBO

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  Tributo a "HERMANO LOBO"  
(2-1-2013 a las 23:28)

Me propongo, a lo largo de este año,  homenajear  aquella revista de humor satírico, menudo pleonasmo ¿verdad? Su fundador fue José Ángel Ezcurra Carrillo (el mismo de “Triunfo” y “Tiempo de historia”) y contó en su nómina desde el comienzo con humoristas tan geniales como Chumy Chúmez, Manolo Summers, Ops, Gila, Perich y Forges, y plumas como las de Francisco Umbral, Manuel Vicent, Carlos Luis Álvarez y Luis Carandell, entre otros. El primer número se publica en mayo del 72 y el último en el verano del 76. Es pues una crónica de los últimos años del franquismo y de la que podríamos llamar “la primavera española” que nos condujo a la actual democracia.

¿Por qué pierdo el tiempo en estas cosas? Hay dos razones principales: la primera es porque me da la gana, la otra porque observo similitudes entre este tiempo y aquél. Entonces clamábamos por una ruptura, que al final fue pactada, y hoy muchas voces desde muchos distintos sitios claman por una nueva ruptura. Habrá que ponerse a trabajar por ello, digo yo.

A quien le interese la historia de “HERMANO LOBO”, la tiene toda en http://www.hermanolobodigital.com, una joya que no debe perderse. Todas las imágenes de este tributo pertenecen a ese sitio cuyo copyright pertenece a “Ediciones Pléyades, S.A” y que me tomo la libertad de utilizar.

Mi idea es tomar la portada del número correspondiente a, a más o menos, la misma semana que la actual pero de hace cuarenta años y establecer una analogía. Ya veremos lo que sale. Antes habrá una pequeña introducción con las famosas siete preguntas al lobo y con las portadas del primer y el último número.

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  Felicitación de Navidad y de Año Nuevo  
(24-12-2012 a las 13:06)



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  A la huelga  
(12-11-2012 a las 23:35)

Unos dirán que es muy cutre, otros que está trasnochado, yo digo que es "vintage", ¿verdad que suena bien? Pues que viva lo "vintage" y a la huelga.



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  14 N. Huelga general  
(12-11-2012 a las 22:35)

El miércoles 14 hay convocada, por los sindicatos, una nueva jornada de huelga general, por tanto tendremos que escuchar, nuevamente, de las voces de siempre cosas como éstas:

a) La tremenda irresponsabilidad de hacer huelga tal y como está el país

Respondamos que esa tremenda irresponsabilidad no es otra cosa que el ejercicio de uno de los derechos fundamentales de nuestra Constitución (artículo 28, apartado 2) y de diversos tratados internacionales suscritos por nuestro país:

El Pacto Internacional de Derechos Económicos, Sociales y Culturales señala el compromiso de los Estados partes a garantizar el derecho de huelga ejercido de conformidad con las leyes de cada país tal como lo prevé, en su artículo 8,1º. letra d.

La Declaración de las Naciones Unidas sobre el Progreso y el Desarrollo en lo Social, de 11 de Diciembre de 1968 declara en el artículo 20, apartado a) el derecho a la negociación colectiva y a la huelga como instrumento para lograr un adecuado desarrollo social.

En el ámbito europeo reconocen el derecho a la huelga el artículo 6.4º de la Carta Social Europea, firmada en Turín el 18 de Octubre de 1961,el artículo 13 de la Carta Comunitaria de Derechos Sociales Fundamentales de los Trabajadores, de 9-12-1989 y el artículo 14, 1 y 2 de la Declaración de los Derechos y Libertades Fundamentales, aprobada por el Parlamento Europeo por Resolución de 16 de Mayo de 1989.

La huelga está también reconocida también en declaraciones de organizaciones religiosas, como la Iglesia Católica. El Nº 20 de la Encíclica Laborem Exercens, del Papa Juan Pablo II afirma: “ Actuando en favor de los justos de sus miembros, los sindicatos se sirven también del método de la huelga, es decir, del bloqueo del trabajo, como una especie de ultimátum dirigido a los órganos competentes y sobre todo a los empresarios. Este es un método reconocido por la doctrina social católica como legítimo, en las debidas condiciones y en los justos límites...”

b) La huelga no puede ser impuesta por piquetes supuestamente informativos.

Respondamos que los auténticos piquetes son las presiones tacitas y explícitas de empresarios sin convicciones democráticas. Supongamos lo siguiente: la gran empresa X tiene externalizado cierta clase de servicio con la gran empresa Y que a su vez tiene subcontratado una parte con la mediana empresa P que a su vez tiene un contrato con la pequeña empresa Q que le proporciona mano de obra barata. Qué sucederá si un empleado de la empresa Q decide ejercer su derecho a hacer huelga. Sucederá que la gran empresa A ni se enterará de que ese individuo hizo huelga, sucederá que el responsable del servicio de la gran empresa Y le dirá al responsable de la mediana empresa P que la persona que hizo huelga no le interesa y que no la quiere ver allí al día siguiente, entonces el responsable de la mediana empresa P transmitirá esa mensaje al propietario de la pequeña empresa Q, el cual pondrá de patitas en la calle al individuo que tuvo la osadía de ejercer un derecho fundamental de nuestra Constitución.

c) Al país le va a costar ene mil millones de euros esa frivolidad de ejercer un derecho constitucional.

Respondamos que según quien hable esa cifrará bailara entre mil y cuatro mil millones, que no es poca diferencia y, ya, por esa divergencia les desacredita. Uno pensará que hacen sesudos cálculos, ¡qué va!, lo que hacen es dividir el PIB por el número de días laborables y aplicar un factor correctivo en función del seguimiento de la huelga. Reconozcamos que es un método de cálculo de tercero de primaria, entre otras cosas faltarían: seguimiento por sectores y participación del sector en el PIB, descontar el ahorro por el salario descontado al trabajador, etc. Además por esa regla de tres les podemos responder que los que tenemos trabajo estamos dispuesto a hacerlo durante cinco fines de semana (diez días) gratis, lo cual supondría entre 20.000 y 40.000 millones. Con eso ya no serán necesarios recortes en sanidad y educación, ni reducir el salario de los funcionarios, etc. Sean serios, por favor, no nos tomen el pelo.

d) La marca España va a quedar por los suelos.

Nuevamente, seamos serios, la marca España no es el toro de Osborne. España es un país en riesgo de descohesión social, ése es el problema de España, lo de la marca es una mojigatería de cuatro pijos. 

e) Colisión entre el derecho a hacer huelga y el derecho a trabajar.

Sobre esto ya me extendí en los días previos a la huelga de marzo, a lo dicho me remito.

Faltan cosas que sin duda escucharemos, sean las que sean responderemos: sí, voy a hacer huelga porque es el instrumento perfecto para intentar equilibrar la situación, porque es el único lenguaje que entienden los empresarios sin convicciones democráticas, sin sensibilidad social y porque es tan viejo y necesario como la cacerola. Mal que les pese.



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  Un cigarrillo por Santiago Carrillo  
(18-9-2012 a las 23:38)

¿Todos son iguales? La respuesta es no. Ya sabemos cual es la opinión generalizada sobre los políticos, cuyo máximo exponente  es el “no nos representan” o el “todos son iguales”. No comparto ninguna de ambas expresiones: nos representan porque les hemos votado y no todos son iguales.

 Santiago Carrillo, nacido en 1915 y fallecido hoy, es un fiel exponente de la diferencia. Político desde casi la infancia y hasta casi su muerte, prácticamente un siglo dedicado a la política en tiempos muy distintos: antes de la II República, durante la Guerra Civil de España, durante la dictadura fascista de Franco, en la transición democrática  y desde la democracia. En la guerra, en la paz impuesta y en la paz acordada. En esta última época, la de la paz acordada, la de la reconciliación, la de la transición pactada, la de la democracia sujetada con alfileres es cuando su figura se yergue como prácticamente ninguna otra.

 Nació en familia humilde y ha muerto en su piso, entre sus familiares. Probablemente el patrimonio que deja a sus tres hijos es el ejemplo de su militancia imperfecta por los ideales de la igualdad y la libertad.

 No, todos no son iguales y algunos sí nos han representado. Esta calada de tabaco va en su memoria.

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  El Busgosu  
(8-8-2012 a las 23:31)


No es una noticia nueva, ya salió por el mes de julio en algunos medios (http://goo.gl/9drb0 ) y reaparece ahora por las acusaciones de IU y UPyD, en forma de preguntas al gobierno (http://goo.gl/N3INs ). La cuestión se resume en que Goldman Sach compra centenares de miles de toneladas de carbón en Colombia a un precio de unos 60 € la tonelada, lo descarga y almacena en el puerto de El Musel (Gijón) y espera a que suba el precio, los mercados de futuros auguran que se situará en los 100 € por tonelada en el año 2013. Es decir en un año obtendrá un beneficio de 40 € por tonelada, un 67% de rendimiento para los fondos de “alto riesgo” de Goldman Sachs.

En El Musel ya tiene 150.000 toneladas almacenadas y espera llegar a las 600.000, es decir que obtendrá unos beneficios de entre 6.000 y 24.000 millones de Euros (vale hay que descontar gastos que paga por los fletes de acopio y transporte).
Las preguntas sería ¿tiene algo de ilegal este comportamiento?, ¿en el caso de que fuera legal, sería moralmente lícito esta clase de comercio?

Una respuesta a ambas preguntas podría ser que los mercados de futuros sobre materias primas tienen más de 200 años de vida y que inicialmente, además de servir para ganar o perder dinero a inversores arriesgados, eran un mecanismo para que los productores obtuvieran un precio comprometido no sometido a contingencias: malas cosechas por desastres climáticos, accidentes, etc. Es decir que no solo no sería ilegal sino que hasta podría ser una suerte de seguro para el productor, o sea moralmente irreprochable.

Sin embargo aceptar esa respuesta  sería de un infantilismo preocupante ¿por qué?

1) Porque no estamos  en 1812 sino en 2012, en un mundo global para los mercados (no tanto para las personas).

2) Porque se compra a toca teja y a precio de saldo a productores sin escrúpulos en países con regulaciones laxas o inexistentes en materias de seguridad (me refiero a la minería) y se vende en el mercado de futuros. No es igual el precio de la tonelada de carbón en Europa que en Colombia. La diferencia de precio está pagada en sufrimiento, esperanza de vida y en el peor de los casos en muertes de las personas que trabajan bajo tierra en condiciones inhumanas.

El segundo porqué es para mí más que suficiente, pero hay más: resulta indecente que las autoridades portuarias de El Musel, el gobierno del Principado de Asturias o el ministerio de Fomento del gobierno de España (no sé quién tiene las competencias) sean cómplices de esa actividad especuladora cuando se eliminan o contraen las ayudas a la minería que por lo que he leído son del orden de 200 millones de euros. Comparemos esa cifra con los 6.000 o 24.000 millones de beneficio que obtendrá Goldman Sasch.
Desgraciadamente, yo he perdido la perspectiva utópica y me conformo con poca cosa, con cositas como éstas:

- Estricta regulación de los productos y mercados financieros no ligados directamente a la economía productiva.

- Doble tasa sobre estos productos y transacciones, una sobre el puro capital (en el caso que nos ocupa sobre los 150 o 600 mil millones) del orden una décima porcentual  que se traduciría en unos ingresos de 150 o 600 millones de euros (ya tenemos cubiertos los 200 millones que necesita la minería española) y otra más violenta del orden del 20% sobre los beneficios (1.200 o 4.800 millones). Los especuladores seguirían ganando mucho y nosotros al menos tendríamos la conciencia más tranquila.

La verdad es que yo estoy harto de las soluciones de la ideología de siempre para superar la crisis.

Tengo la seguridad de que el conjunto de la izquierda tiene otras soluciones. Lo qué no sé es cómo seremos capaces de ponerlas en práctica. 



El Busgosu es un mito asturiano, el señor de los bosques con forma humana y de cabra. El Busgosu de hoy son los especuladores con forma de cerdo y cuernos. Que me perdonen estos animales que no tienen culpa de nada.

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  Pongamos que hablo de Madrid  
(31-7-2012 a las 00:26)

Cuando se juntan dan miedo, porque son capaces de mentir como bellacos



Lo más relevante la reducción de diputados al amparo de la reducción de gastos. Acaso se creen que somos gilipollas.

La tabla que hay abajo muestra el resultado de sus propuestas en la comunidad de Madrid.



Cuantos menos diputados más mayoría. Por suerte sabemos leer y las cuatro reglas (sumar, restar, multiplicar y dividir). Vamos, que no somos analfabetos, incluso sabemos hacer la regla del nueve qué es: el número de diputados nacionales o regionales no es demasiado relevante. El ahorro es irrelevante. Lo relevante es una modificación de la ley electoral. A por ello, digo yo
Mientras: pongamos que hablamos de Madrid

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  Las mujeres: nuevamente presuntas delincuentes.  
(29-7-2012 a las 23:57)

Mucha polvareda con la hipotética eliminación del supuesto de malformación del feto en la supuesta futura ley del aborto que el gobierno y en particular su ministro de Justicia, adalid del peor de los cinismos, prepara para después del verano. Pero que el polvo, nunca mejor dicho, no provoque en nuestros ojos una especie de catarata que nos haga tener una visión nublada de la realidad, en éste caso de la realidad jurídica, que resumidamente ha sido ésta:

Hasta el 5 de julio de 1985 la mujer delinquía si abortaba y el delito estaba penado con la cárcel, tal barbaridad emanaba del artículo 417 de un código penal de 1944 del gobierno dirigido por el general golpista Francisco Franco.

Desde el 5 de julio de 1985 el aborto continúa siendo un delito, pero se despenaliza en los tres supuestos que todos conocemos. Esa reforma, con rango de Ley Orgánica, se promulga por el primer gobierno de Felipe González. En la práctica fue la conquista de un derecho, aunque esencialmente abortar continuaba siendo un delito y había que demostrar que no lo era. Es seguro que era la única opción posible entonces. Así que todas las bienvenidas a aquella ley. La ley no sufrió transformación en los gobiernos de derechas de José María Aznar y su aplicación continúo siendo laxa por una suerte de convergencia de intereses.

Desde el 3 de marzo de 2010, en la segunda legislatura de José Luis R. Zapatero, se produce el hecho relevante de que la mujer deja de ser presunta delincuente y no tiene nada que demostrar si su deseo es abortar en los plazos reconocidos por la comunidad científica no ideologizada. Abortar deja de ser delito y se convierte en el ejercicio de un derecho de la mujer con los límites de la Ley. Esta ley no provoco más abortos, tampoco entre las menores que podían ejercer ese derecho a partir de los 16 años, como cualquier otra paciente podía decidir si se sometía o no a un trasplante, por ejemplo.

Alberto R. Gallardón amenaza con convertir nuevamente en delincuentes a las mujeres, derogando uno de sus derechos y criminalizándola de antemano. Para mí, ahí está lo importante. El debate sobre las malformaciones del feto, me parece dar la batalla perdida de antemano. Mi postura es clara: la radical defensa de la actual ley de plazos y nada más. El derecho de la mujer a decidir sobre si la continuidad de su embarazo en los tiempos reconocidos por la ciencia, sin más tapujos.

La cuestión ahora vuelve a ser la de siempre: mantener y, si es posible, ganar derechos. De perderlos nada, de perderlos nada.


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  No es economía, es ideología, estúpido.   
(17-7-2012 a las 22:49)

Cinema España. Año 2020

Aprovechando que el Pisuerga pasa por Valladolid la extrema derecha global está tratando de borrar del mapa derechos fundamentales allá donde los había y donde no los hay pues ¡que se jodan! Y, a nosotros ¿qué nos toca?:

- Devaluación de los salarios en más o menos un 30%.
- Incremento de la riqueza de los muy ricos (el famoso 0,02%) e incremento de los salarios de los altos ejecutivos.
- Demonización de los sindicatos y de cualquier movimiento asociativo.
- Emigración de la juventud cualificada, o sea fuga de cerebros.
- Compra de empresas españolas a precios de saldo.
- Venta de los pocos bienes públicos que quedan.
- Privatización de todos, sí todos, los servicios públicos. O casí.
- Toda clase de libertades y prebendas a quienes deseen invertir en el nuevo ladrillo que vendrá. 
- Y un largo etcétera parecido.

“¡Qué inventen ellos!” y nosotros a jodernos y a volver a los armarios.

España volverá a ser una áspera meseta. Un páramo desértico.



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  Apuntes sobre la prima de riesgo y la deuda pública (III)  
(17-7-2012 a las 22:14)

¿Quién fija la prima de riesgo?

Sencillamente los especuladores. Es decir cuando escuchamos que los mercados desconfían debemos traducir que son unos tahures que se dedican a comprar-vender en un ciclo casi infinito. Baste un ejemplo: anualmente en los mercados secundarios se negocian SEIS BILLONES  de euros (6.000.000.000.000 €). Sí, seis veces el PIB de España.

"¡Qué escándalo, acabo de descubrir que aquí se juega!" exclamó el capitán Louis Renault cuando cerró el local de Rick en la película Casablanca. ¡Qué escándalo! ¿Cuándo se cerrarán esos burdeles financieros?, o ¿qué tiene que pasar para que se cierren?

Mucho mejor explicado en este post de los blogs de economía de “El País”, en concreto en los del IESE de la Universidad de Navarra, o sea que nada de izquierdismo:

http://blogs.elpais.com/economia-con-valores/2012/06/quien-fija-la-prima-de-riesgo.html



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  Apuntes sobre la prima de riesgo y la deuda pública (II)  
(17-7-2012 a las 22:11)

El nuevo gobernador del Banco de España, el señor Luis María Linde ha dicho hoy:

"No nos conviene un prima de riesgo tan elevada, pero su impacto en las cuentas pública no es tan dramático como se piensa y es relativamente pequeño porque no afecta al coste total de la deuda, sino solo a las renovaciones".

Se estrena con buen pie, parece que los listos no son tan listos o quizás es que les importa todo un bledo, veamos:

Si España emite anualmente para renovar o incrementar su deuda del orden de OCHENTA MIL MILLONES (80.000.000.000 €) y lo hace pagando un interés del 6% anual en lugar del 2,5%, la diferencia será de DOS MIL OCHOCIENTOS MILLONES (2.800.000.000 €) anuales.

Esa diferencia es superior al recorte que se ha hecho en la ley de la dependencia, o en la reducción de las prestaciones por desempleo y casi igual a lo que representa la supresión de la paga extra a los funcionarios.

Ergo, sí que es dramático pagar ese diferencial que imponen los “traders”, los grandes especuladores financieros.

Claro que para el señor gobernador esas cosas son pecata minuta.

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  Apuntes sobre la prima de riesgo y la deuda pública (I)  
(17-7-2012 a las 22:02)

Fundamentales:

El PIB de España en números redondos es de UN BILLÓN de euros (1.000.000.000.000 €).

La deuda soberana del Reino de España es de aproximadamente, en estos momentos, del 80% del PIB. O sea OCHOCIENTOS MIL MILLONES (800.000.000 €).

Si la prima de riesgo de la deuda soberana del Reino de España es de 600 puntos básicos quiere decir que Alemania está emitiendo bonos a 10 años al 0% y España al 6%. Así de sencillo.


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  Ass  
(9-4-2012 a las 23:57)

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  10.000 millones de euros caben en un folio  
(9-4-2012 a las 22:59)


La fuente no es dudable ni dudosa (http://www.lamoncloa.gob.es/Presidente/Actividades/ActividadesNacionales/2012/090412-rajoy.htm)

10.000 millones de ahorro en una reunión de amiguetes. Un verdadero "reality".

Inconcebible.


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  “Derecho a la huelga” y “El trabajo, derecho y deber”. Una polémica oportunista y falsa.  
(28-3-2012 a las 21:25)

Sorprende que el derecho al trabajo (estrictamente derecho y deber) sólo salga a la palestra cuando hay convocatoria de huelga y más que se nos pretenda vender como el derecho a acudir al trabajo justamente ese día. Desde luego no es lo que pensó el legislador allá por 1978, sólo hay que leer el texto constitucional:

«Artículo 35.
1. Todos los españoles tienen el deber de trabajar y el derecho al trabajo, a la libre elección de profesión u oficio, a la promoción a través del trabajo y a una remuneración suficiente para satisfacer sus necesidades y las de su familia, sin que en ningún caso pueda hacerse discriminación por razón de sexo».

Nada que ver, ¿verdad? Más parecería que el legislador hablaba del derecho a tener un trabajo digno.

Vayamos con lo que la Constitución dice sobre el derecho a la huelga:

«Artículo 28.
2. Se reconoce el derecho a la huelga de los trabajadores para la defensa de sus intereses. La ley que regule el ejercicio de este derecho establecerá las garantías precisas para asegurar el mantenimiento de los servicios esenciales de la comunidad».

¿Dónde está la colisión de derechos?, en ningún lado. Más aún, el derecho a la huelga se encuadra en la sección primera del capítulo segundo del título primero bajo el epígrafe «De los derechos fundamentales y de las libertades públicas» (obsérvese y subráyese lo de fundamentales) junto a otros también fundamentales como los de: reunión, expresión, educación, etc. Por el contrario el derecho y el deber de trabajar pertenece a la sección segunda del mismo título y capítulo bajo el epígrafe «De los derechos y deberes de los ciudadanos» (no fundamentales) junto a otros como el de tributar, los colegios profesionales, etc.

No hay colisión de derechos, hay una prevalencia del derecho a la huelga por ser fundamental y sobre todo el derecho al trabajo (y su correspondiente deber) no fueron pensados para ser ejercidos un día al año, cuando coincidan con una huelga general, sino durante los 365. Ése era el verdadero derecho que estaba en la mente del legislador.

Quiénes el día 29 de marzo no quieran hacer huelga y prefieran ir a trabajar lo harán porque no están de acuerdo con los motivos, por situaciones personales o por lo que fuera según su libre albedrío, pero nunca amparándose en el artículo 35 de la Constitución. Y desde luego lo que no es de recibo es que ministros, diputados, delegados del gobierno, políticos, periodistas y otras personas con capacidad de influencia en nuestra opinión utilicen espuriamente el texto constitucional. Si piensan que el derecho a la huelga no tiene cabida en nuestro país en el siglo XXI que aboguen por su abolición y propongan una reforma constitucional. Así de sencillo.




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  Audición Eduardo Fernández Marinas  
(24-3-2012 a las 20:13)

El crack que puntea en esta adaptación de la canción "November Rain" de "Guns N' Roses" es mi hijo (je je)



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  OBITUARIO. Los Cármenes llorando  
(14-12-2010 a las 00:15)

Habría cumplido los 68 la navidad inmediata. La fatalidad ha truncado ese deseo. Los cármenes del Albaicín se adornan con lunas de luto que cuelgan de cipreses esbeltos y tristes.


Este blog con apellidos y con ladrillos casi de adobe tiene en su frontispicio el nombre del barrio donde viví hasta que fui mayor: Caño Roto y el número de la vivienda. Con fortuna (aunque a mí me sigue gustando más el nombre original) el barrio cambio después de nombre y lo llamaron “Los Cármenes”, supongo que porque era un barrio de cuestas, de callejones y de casas con patio, un barrio de gitanos y de payos.

Enrique Morente, un payo del Albaicín impregnado de la voz honda que recorre el cante desde Huelva hasta Murcia, se ha muerto en la UCI de una clínica con un nombre pintoresco: de la Luz.

Quizás algo falló en el quirófano, tal vez se fue la luz y sucedió nada más que la muerte fue. Puede que pasaran otras cosas. No lo sé.

No le deis más vueltas,
-estará diciendo-
me jode haberme muerto.
Me alegra el consuelo de pensar
que vosotros seguís vivos.
No quiero pensar en cirujanos,
quiero pensar en las cosquillas
que me hacen los gusanos
para que me ría cuando estoy más triste que nunca.
Aleluya, duermo  para siempre
en la ciudad sin sueño.
 
 

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  Feliz 2008  
(30-12-2007 a las 23:44)

Doce uvas, doce deseos con canciones y poemas cantados traídos del tubo de Internet.

 
¡Que tengáis un feliz y reparador 2008!
 
Aquí quedan estas doce uvas en forma de deseos, canciones y poemas traídos desde el tubo de Internet
 
Enero

Febrero

Marzo

Abril

Mayo

Junio

Julio

Agosto

Septiembre

Octubre

Noviembre

Diciembre

Espero que te hayan gustado y dejes tu deseo en el comentario

 
 

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  16 de noviembre, cuento de un sueño de azafrán de pan y de molinos  
(16-11-2007 a las 00:12)

 
A Eulogio Fernández en su 84 cumpleaños no cumplido a través de mi madre y de una muchacha imaginaria]
 
Fue en Consuegra, durante la noche del sábado veintisiete de octubre y el alba del domingo, noche de bares abiertos, pétalos morados y hebras de azafrán. Entre el griterío de los jóvenes animados por los vasos del primer tinto joven de la vendimia reciente extrañaba al fondo la figura de una vieja de más de ochenta años que se hacía las uñas con el viejo cortaúñas de su marido muerto, ajena al vendaval de diversión. Tenía el pelo escaso y blanco. Se le acercó una muchacha pecosa y pelirroja con una rosa de azafrán, con sus tres estambres rojos, prendida en el tercer ojal de la camisa desabotonada hasta el valle de sus pechos no sujetos. No intercambiaron palabras, sólo gestos y miradas. Ella, la anciana, se miró las yemas de los dedos y las uñas impregnadas de azafrán y comparó el color con el del pelo de la muchacha que tenía enfrente. En un acto extraño, más propio de una película de Almodóvar que de la realidad, ambas tomaron la mano extraña y la acercaron a su pecho; las dos tuvieron la misma sensación: la de viajar en el tiempo. La más joven envejeció de repente al sentir el pecho amputado por el cáncer, la mayor rejuveneció al sentir la insolencia de un pecho sin prejuicios. Salieron juntas del bar,  unidas por las manos  que habían atravesado el tiempo en las dos direcciones, y se encaminaron a los molinos museo de los cerros de Consuegra.
 
En la última semana completa de aquel octubre recién pasado, el calendario de la luna había pintado un satélite de cal como las paredes de harina de los molinos muertos. Se tumbaron en el interior de cualquiera de ellos para dormir, soñar y despertar cada una a su manera. Un ángel rudo sin alas, con un saco de arpillera, preñó sus sueños cargando y descargando celemines de trigo que a la mañana siguiente serían molienda más o menos blanca y después imperfectas barras de pan más o menos tostadas en el horno de la tahona.
 
Despierto este viernes con un desayuno de cumpleaños de mi padre muerto, con la imagen de pelo de azafrán encanecido de mi madre viva y con la absurda imagen de que cuando muerdo la teta del pan previamente mojada en el café con leche de todas las mañanas estoy besando el pezón de una mujer que es una rosa de pétalos morados con tres estambres rojos.

 

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  Chau Darío  
(14-10-2007 a las 22:53)

>Pese a lo que diga la derecha, las medidas para el fomento de la vivienda en alquiler ya están comenzando a dar sus frutos. Tengo dos casos en la familia. Mi hija mayor se ha independizado hace unos meses  y los doscientos y pico euros que percibirá del gobierno de España a partir de enero le van a venir de perlas. El otro caso es mi querido trasunto Darío Havoll, hoy mismo ha abandonado esta casa y se ha alquilado una chiquitita en Sitges con vistas al mar, por eso todo lo escribe con tinta azul; se ha llevado las cuatro cosas que tenía y las ha instalado en su nueva residencia. Darío vive ahora en esta dirección: www.dariohavoll.com

Así pues Caño Roto, 638 pierde un inquilino. Para compensar voy a intentar convencer a mi hermano para que se pase de vez en cuando por aquí, total nos hemos criado juntos detrás de estos ladrillos. Ya veremos. Está algo mohíno.

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  ¡Qué respiro!  
(11-10-2007 a las 23:08)

He llegado tarde a casa y aunque no me esperaba nadie, por si acaso, a eso de las  de las seis y pico  de la tarde, desde el teléfono de la oficina me he llamado y he dejado un mensaje en el contestador.

Ahora, después de haber abierto sin hacer ruido la puerta de mi casa y de haber pasado al baño, después de haberme puesto cómodo con los vaqueros rotos y el jersey de ochos de hilo crudo, todavía no hace mucho frío, he descolgado el teléfono para escuchar los mensajes recibidos.

A las diez y diez de la mañana una compañía de teléfonos de la competencia de la mía me ofrecía un paquete de llamadas gratis con Internet a tres megabits y cuarenta y nueve canales de televisión digital.

A las doce y doce el banco donde ya no tengo cuenta me reclamaba el pago del seguro de una casa que ya no es mía y me amenazaba con pasar el expediente a los servicios jurídicos.

A las catorce y catorce una llamada equivocada me decía que me esperaba esta tarde a las siete y diez en la calle Alfonso XII en el portal de la casa del premio Nobel Ramón y Cajal, cerca de la estación de Atocha. Quizá era una frustrada cita a ciegas porque me decía que llevaría una bolsa azul de Ikea para que no tuviese dudas.

A las dieciséis y dieciséis se escuchaba un barullo de conversaciones que ha durado más de dos minutos. Es seguro que fue la mala pasada de un teléfono móvil sin bloquear.

A las dieciocho y dieciocho me he escuchado: Voy a llegar tarde, no te preocupes. Te quiero. Un beso.

Había otros mensajes a las veinte y veinte y a las veintidós y veintidós pero no los he escuchado porque ya estaba tranquilo. Sabía que había vuelto sano y salvo a casa.
 

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  El extraño viaje de unas fotografías en un corcho colgado en la pared.  
(10-10-2007 a las 23:16)

Se acostó vestido en el sofá retapizado hace unos veinte años del salón permanentemente deshabitado y que por cualquier razón había convertido en su dormitorio a comienzos del verano. A eso de las tres de la madrugada empezó a sentir frío en los pies y el mismo calor de siempre en la cabeza. Se fue a la cocina a buscar unas servilletas con las que arroparse y encendió un cigarrillo tras otro en el tendedero anexo para que la casa no oliese al humo de su tos.

Recordó lo que había escuchado al mediodía en la televisión de un bar de la carretera de Toledo almorzando un pincho de tortilla con dos cañas de cerveza: Mariza, la cantante portuguesa de fados estaba nominada a los Grammy de 2007 por su album “Concerto em Lisboa”. Se le quedó grabada la palabra Lisboa y el pelo rubio recortado sobre el cráneo de Mariza.

Cabe la posibilidad, eso me dijo el psiquiatra, de que asociará esa imagen a la de su hija. La cosa es que sólo pensaba en Lisboa. Dejó el último cigarrillo consumiéndose en el cenicero y se fue a la habitación de María para descolgar el corcho con fotografías de la pared.

En esa televisión particular que era su cabeza le hablaba la voz de una niña rubia con el pelo rapado que repetía Lisboa, Lisboa y Lisboa. Bajó por las escaleras de su casa repitiendo el mantra del río Tajo: nace en la sierra de Albarracín, provincia de Teruel, etcétera y desemboca en Lisboa.

Sobre las cinco de la madrugada estaba por Aranjuez conduciendo sin zapatos con el corcho con fotografías por acompañante en el asiento a la derecha del conductor. Detuvo el coche con lentitud, se puso el chaleco reflectante y bajó por una ladera hasta las aguas del Tajo donde dejo flotar el corcho con las fotografías puestas por su hija.

Deambuló conduciendo por carreteras secundarias, yendo y viniendo de Madrid a Toledo –o viceversa- atravesando el Tajo una y otra vez mientras en la radio de pura casualidad comenzó a sonar este fado..
A eso de las nueve, a punto de quedarse sin gasolina, se paró en una estación de servicio con un bar en el que daban desayunos y me llamó por teléfono para decirme que no tenía un euro, que el corcho ya debería haber llegado a Lisboa y que esa mañana no podría tomarse las quince gotas de Halopereidol. Me dijo que se lo había dejado en casa con la precipitación.

Él estaba contento aunque yo no entendía por qué intercalaba la palabra Lisboa en todas las frases viniera a cuento o no. Tampoco él entendía por qué yo no lo entendía. Ninguno de los dos nos atrevimos a preguntarnos más.

A la una del mediodía teníamos cita con el psiquiatra y llegamos por los pelos, justo cuando leía nuestros apellidos: Fernández Aguilar. Nos miramos y sonreímos diciéndonos ¿cuál de los dos? Lo que sigue es tan inverosímil como cierto.
La psiquiatra llenó tres vasos de plástico con Martini blanco, yo acostumbro a llevar una bolsita de aceitunas en el bolsillo interior de la americana y Juanito que es más listo que el hambre se saco el frasco que me dijo que se había olvidado con la precipitación y vertió cinco gotas en cada vaso.

Brindamos como no podía ser de otra manera por Lisboa. Amalia que así se llama la doctora se comprometió a encontrar el corcho con las fotografías en la desembocadura del Tajo. Iba a pasar el fin de semana del Pilar por esos pagos.

Tenemos cita para el martes 16 a las 9. Ya veremos

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  Historia de familia (necesariamente resumida)  
(23-9-2007 a las 22:50)

En el pueblo nos conocíamos todos, incluso éramos más que nosotros mismos, cada uno era el hijo de tal o cual y heredaba todas las virtudes y defectos de aquél. En mi caso yo era uno más de los Migueles: el pastor, el raro o el mona. Según quien diera razón de mí.

Mi padre honró al suyo que dicen que no le hizo sombra a mi bisabuelo que era un desalmado que nunca labró medio palmo de tierra  pero que era bien parado y se labró una fortuna a base de trajinarse a todas las mayoralas de los cortijos y también a alguna que otra Marquesa. Maestro en el chantaje, el cortejo y la aritmética. Hijo de don Miguel que sin saber dio nombre a la saga.

Don Miguel, mi tatarabuelo y por cierto el único Miguel, Miguel I, de apellidos Rey Cabrero, maestro de escuela cuando hace dos siglos no había escuelas, enviudó a los nueve meses de casarse con una costurera de quince años que murió de parto.

Transido de dolor bautizó a su hijo al que siempre consideró un malnacido con ese nombre. Dejándole con los paules y con dos apellidos de expósito, el suyo y el de la difunta María de los Ángeles Conde. Así consta en los archivos parroquiales: Transido Rey Conde

De Don Miguel no ha quedado más rastro que el genético y el bulo de que se enroló de marinero en una compañía mercante que hacía la ruta de ida y vuelta Cádiz–La Habana-Cadiz sin pasaje de regreso.

De los paules sacó Transido una educación más que aceptable, el silencio perpetuo sobre cualquier dato de sus padres -más allá de sus nombres y apellidos- por más veces que él les inquirió y una nómina de notables y administradores de notables que tanto le sirvió cuando descubrió que sus vocaciones estaban más debajo de las faldas de las mujeres que tras los hábitos marrones de los frailes. De ese modo creo la estirpe que me apoda. Una estirpe de inteligencias brillantes, cuerpos aparentes y conciencias hueras.

Miguel II, o sea Transido o sea mi bisabuelo dejó una recua de bastardas que fueron a parar una detrás de otra al torno de las clarisas. Hasta el punto de que a través de una marquesa de renombre recibió el recado del obispo de que cejara en su actividad tenoria pues las monjitas ya no daban más abasto. Fue con esa misma marquesa con la que tuvo su primer varón para regocijo del marqués renombrado que además de estéril era lelo. Transido transó con la marquesa que el niño sería un Casatierra si le bautizaban Miguel y a él le hacían administrador de la fortuna familiar.

Miguel III no es por tanto asunto de este cuento salvo al final.

Transido tuvo su tercer varón, fiel a la entonces breve historia familiar, con una costurera treinta años menor que él que conoció en el convento de las clarisas, por entonces el obispo que le reprendió ya no era obispo y la madre superiora que acogió su penúltima pifia de soltero rezaba en el cementerio de la tapia que colindaba con el osario de los paules. La cosa es que se avino en matrimonio con la que podía ser su hija, y quién sabe si no lo era, para ponerle asiento a su cabeza y para ocultar la vergüenza de la madre superiora que engordó de flato nueve meses seguidos y parió a Miguel V en la soledad de su celda con la complicidad del padre confesor a quien engatusó hasta hacerle creer que era el progenitor de la criatura después de haberle besado los dedos del Ego te absolvo, etcétera, que rezumaban una penitencia leve y un sospechoso olor.

De Miguel V el último rastro es el del pezón de la nodriza a quien se le encomendó por dos años y medio con una dieta sustanciosa a cuenta de la contabilidad B de las arcas de las almas. Un pezón del que increíblemente siempre manaba leche.

A Miguel IV, pues nació dos días antes, le llamaron Carmelo y se hizo pintor de brocha gorda. A Carmelo, mi abuelo, su madre le zurció con hilo azul una mancha por encima de las nalgas de tan travieso que era. La leyenda que es y era aún más atrevida que él certifica que los Migueles provenimos de un mongol que paseo a sus anchas por el lugar incierto en que se sitúa este cuento.

Pero como este cuento cuenta hasta donde sé de cierto la verdadera historia de los Migueles diré sólo que la mancha sacra que tengo arriba del culo no es fruto de otra cosa que de las tundas de mi padre: Miguel VI.

Carmelo encaló por fuera las paredes de pueblo y medio y según parece por dentro las de la mitad del pueblo. De esas resultas nací yo en la casa de la maestra después de la guerra civil cuando a su marido, ferroviario de izquierdas, le condenaron sin juicio y de por vida a trabajos forzados. Murió de tisis.

Amelia, mi madre nonagenaria hoy, me crió a solas desde los siete años pues mi padre, Miguel IV o Carmelo, emigró a una fábrica de televisores Telefunken en la Alemania occidental desde donde nos escribió cartas durante poco más de un año.

Miguel VI soy yo y le tengo tirria a casi todo salvo a las cabras y a Internet. He puesto WiFi en el aprisco. Por empecinamiento de mi madre y para ahuyentar los fantasmas de la estirpe me pusieron Casto. De vez en cuando chateo y si me preguntan cómo me llamo digo que el pastor, el raro o el mona. Y mi madre, el pueblo y la cabra se sonríen.

De casta le viene al galgo me digo.

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  Grandola Vila Morena  
(18-9-2007 a las 23:15)

A fuerza de poner tantas veces esta canción la cinta de magneto se enredó dentro de la casette como se enreda el pelo de las mujeres de pelo largo, y de tantos tirones se acabó rompiendo. Hoy la magia de Internet me permite reproducirla una y otra vez sin miedo a que se destroce de nuevo.

En el video de youtube la canta Luis Pastor en el mismo sitio que describo en la anterior entrada junto con Joao Afonso sobrino de Zeca Afonso (Jose Afonso). Esta canción fue el pistoletazo de salida de la Revolución de los Claveles en el vecino Portugal:

 
Grândola, vila morena
Terra da fraternidade,
O povo é quem mais ordena
Dentro de ti, ó cidade.
 
Dentro de ti, ó cidade
O povo é quem mais ordena,
Terra da fraternidade
Grândola, vila morena.

Em cada esquina um amigo
Em cada rosto igualdade,
Grândola, vila morena
Terra da fraternidade.

Terra da fraternidade
Grândola, vila morena
Em cada rosto igualdade
O povo é quem mais ordena.

À sombra duma azinheira
Que já não sabia a idade
Jurei ter por companheira
Grândola a tua vontade.

Grândola a tua vontade
Jurei ter por companheira,
À sombra duma azinheira
Que já não sabia a idade.
 
***
Grándola, Villa Morena
tierra de la fraternidad,
el pueblo es quien más ordena
dentro de ti, oh ciudad.
 
Dentro de ti, oh ciudad,
el pueblo es quien más ordena,
tierra de la fraternidad,
Grándola, Villa Morena.
 
En cada esquina un amigo,
en cada rostro igualdad,
Grándola, Villa Morena
tierra de la fraternidad.
 
Tierra de la fraternidad
Grándola Villa Morena
en cada rostro igualdad
el pueblo es quien más ordena.
 
La sombra de una encina
de la que no sabía su edad
juré tener por compañera
Grándola, tu voluntad.
 
Grándola, tu voluntad
juré tener por compañera,
la sombra de una encina
de la que no sabía su edad.
 
Así sonaba a las 0.20 del día 25 de abril de 1974 en el programa Limite de Radio Renascença:
 

powered by ODEO
 

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  Ergo uma rosa  
(18-9-2007 a las 21:39)

El ataque de nostalgia con Luis Pastor (www.luispastor.com) me ha llevado a este video grabado en la biblioteca de la casa que Jose Saramago tiene en Lanzarote, donde están el propio Saramago, Luis Pastor, Pasión Vega (www.pasionvega.info)  y la bailaora María Pagés (www.mariapages.com) cantando y bailando el poema Ergo uma rosa de Saramago.

 
 
Ergo uma rosa, e tudo se ilumina
como a lua não faz nem o sol pode:
Cobra de luz ardente e enroscada
Ou vento de cabelos que sacode.

Ergo uma rosa, e grito a quantas aves
O céu pontuam de ninhos e de cantos,
Bato no chão a ordem que decide
A união dos demos e dos santos.

Ergo uma rosa, um corpo e um destino
Contra o frio da noite que se atreve,
E da seiva da rosa e do meu sangue
Construo perenidade em vida breve.
 
Ergo uma rosa, e deixo, e abandono
Quanto me dói de mágoas e assombros.
Ergo uma rosa, sim, e ouço a vida
Neste cantar das aves nos meus ombros
 
***

Alzo una rosa, y todo se ilumina
Como no hace la luna ni el sol puede:
Serpiente de luz ardiente y enroscada
O viento de cabellos que se mueve.
 
Alzo una rosa, y grito a cuantas aves
El cielo colorean de nido y de cantos,
En el suelo golpeo la orden que decide
La union de los demonios y los santos.
 
Alzo una rosa, un cuerpo y un destino
Contra el frío de la noche que se atreve,
Y con savia de rosa y con mi sangre
Perennidad construyo en vida breve.
 
Alzo una rosa, y dejo, y abandono
Cuanto me duele de penas y de asombros.
Alzo una rosa, si, y oigo la vida
En el cantar de las aves de mis hombros.
 
 

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  A mi hermano este ataque de melancolía  
(18-9-2007 a las 00:43)

Hace tiempo que me cuesta traducir mis emociones en letras de canciones. Hace tiempo que tengo la vergüenza de llorar a espuertas.

Juan se regaló un LP naranja de José Antonio Labordeta y otro verde con una cereza roja en la portada de Luis Pastor. Recuerdo sobre todo la canción musicada de este último basada en un poema leninista de Pablo Neruda, comenzaba así: Extraña era la fábrica inactiva …

Juan Fernández también me regaló un par de cintas clandestinas con la Cantata de Santa María de Iquique de los Quilapayún y la Grandola Vila Morena de Jose Afonso y me enseñó a Violeta Parra.

A Juan Fernández Aguilar, desde hace mucho, le faltan dientes y cabeza. Huyeron al mismo tiempo. Se diría que es un ajo bajo tierra

En la cerámica del recuerdo
Unas canciones fuera de moda
Cocidas en el horno del tiempo
Cansadas, hartas,  de dar vueltas
En una cinta ocre de magneto

Hoy he mientras buscaba otras cosas de Luis Pastor  he encontrado este poema cantado que se llama "Mariposa de noviembre" y que podría haberse titulado "Canciones entre feos". Es una cueca que juega con las flores y los frutos de los apellidos de Violeta Parra. Se me ha venido toda la emoción de repente:

 

 

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